叶さん(以後叶) |
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JEM(きぼう)のシステム系のインストラクターをしています。システム系には5・6人のインストラクターがいて、それぞれ担当があり、通信・電力・熱流体・環境制御などに分かれています。そこで、私は熱流体系・環境制御系を担当しています。 軌道上では水流で機器を冷やし、その熱をラジエーターで宇宙空間に逃がしていますが、そのシステムについて教えるのが熱流体系のインストラクターです。また、環境制御系は、ISS内でクルーが生存できるように環境を整えるシステムです。
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(写真:叶さん) |
イ |
その他にどの様なインストラクターさんがいらっしゃるのですか?
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叶 |
例えば、ペイロード系のインストラクターは、きぼうの10個の実験ラック(5個は日本、5個はNASAやカナダが使用する)に積まれる実験機器の訓練をします。あと、実験テーマについて教えるインストラクターもいます。
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イ |
熱流体系のインストラクターを担当されているってことは、学生時代は熱流体系の研究をされていたのですか?
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叶 |
いえ、学生時代は、素粒子物理学を研究していました。難しかったですよ(笑)今は、あまり覚えていませんが・・・。熱流体系の機器を扱うからといって、その理論を全て理解していないとダメということはなく、それ以前に、インストラクターとしてはそういった理論・知識よりも(もちろん極力知るようにはしますが)いかに宇宙飛行士に効率よく機器やシステムの使い方を学習してもらうかを考える能力があることのほうが大事ですね。
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イ |
なぜ、機器を作ったメーカーがインストラクターをやらないのですか?
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叶 |
昔は製造メーカーが直接実施していました。
しかし、現在のJEMのシステムは大規模なので、製造メーカーで機器開発に関わった方は、全体システムのうち、ほんの一部しか担当されていないことが多いです。つまり、狭く深く知っているということですね。
しかし、宇宙飛行士はその大規模なシステムを扱わなければいけません。システムのパーツごとに、エンジニアを連れてくることはできないので、その大規模システムについての情報を、忙しい宇宙飛行士のスケジュールの中で効率よく吸収してもらうためはインストラクターが必要になってきます。つまり、インストラクターは必要な情報を広く知り、それをまとめてクルーに伝えるというのが役目です。
ISSに滞在する宇宙飛行士は、2年間ほど、そのシステムについて勉強しますが、そのうちJEMに割く時間は長くても1ヶ月ほどです。その中で、効率よく学習・理解して頂くためには、非常に高いインストラクションスキルが必要となります。
JEMを作っているのは、MHIなどのメーカーで、取扱説明書もメーカーが作ります。(例えば環境制御系はKHI、実験ラックはIHI、ロボットアームはTOSHIBA)インストラクターは、その説明書を理解しつつ、足りない部分はメーカーさんに直接聞いて、使い方や気を付けなければいけない点を学びます。
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東海林さん(以後東) |
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遅れました、申し訳ありません!
東海林さんが到着されました。
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イ |
お仕事お疲れ様です!本日はよろしくお願い致します。さっそくですが、東海林さんはどの様なお仕事をされているのですか?
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東 |
ISSの日本モジュール「きぼう」の運用管制要員です。人が乗っている乗り物を見守るという点では、飛行機の管制官と似通っている部分がありますが、ISS運用管制の大きな特徴は、なんと言っても地上から遠隔でISSを操作することが出来るということです。つまり、地球を周回しているISSを地上から直接操作してクルーを支援するというところが、飛行機の管制官にはない特徴です。インストラクターの担当が分かれているのと同様に管制官も担当ごとに分かれていますが、チームプレイで巨大なISSのシステムを管理しています。
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(写真:東海林さん) |
イ |
遠隔操作ですか!?具体的にどんな操作ができるんですか?
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東 |
ありとあらゆることが出来るといっても過言ではありませんが、直接的で分かりやすい具体例としては、「きぼう」の中の照明のオン・オフや温度調整などでしょうか。もちろん、ISS内でクルー自身でもできる操作ですが、地上からも操作できるサポートです。ISSでの実験の運用に関しても、クルーの手を煩わせずに、地上からの遠隔操作でやっておける作業はやっておいて、ISSでしかできない手作業の部分のみをクルーにやってもらう、というサポート(クルーと地上との連携)の仕方が基本となっています。
ところで、貴重なクルーのスケジュールは平日分については分刻みで厳重に計画・管理されていますが、それでは時間が足りない作業(計画からもれてしまった作業)も、「お願いリスト」に入れておいて、休日などのちょっとした空き時間を見計らって、クルーに手伝ってもらうという事もあるのですよ。
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イ |
クルーにも休日があるんですか!!?
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叶 |
ISSに滞在している宇宙飛行士も私たちと同じように週末は休日ですよ。それに、米露の主な祝日も休日に設定されています。平日にもある程度自由時間がありますし。
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イ |
へぇ〜そうなのですか!うーん、週末をなくして、早めにミッションを切り上げて帰ってきた方が、滞在日数が減るし、良いのではないかと思うんですが。
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東 |
とはいっても、クルーも人間なので。しかも、宇宙という特殊な環境で働くストレスもありますから、クルーにいい仕事をしてもらうために、メンタルの部分も考えないといけませんからね。
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イ |
なるほど〜ISSで異常があったときなんかも、遠隔操作で対処したりするのですか?
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東 |
ケースバイケースですね。地上で操作して処置/復旧する部分とクルーに直接直してもらう部分とをうまく組み合わせて、対処します。
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叶 |
起こりえるほぼ全ての種類の故障を想定して事前に準備しているので、実際に異常が起きたとき、その現れた断片的な事象から、機器のどこの部分の故障なのか判断し、そこに的を絞って処置できるように手順が組まれています。この手順書も管制官や製造メーカが協力して作っています。
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叶 |
宇宙飛行士の訓練はつくばの宇宙センターの訓練室で行っています。実機相当のコンピューターシステムとモックアップ(実物大の模型で、実際に中に入って体感できる装置)を使ってレクチャーをしています。訓練用のシステムのデータ設定などもそこで行います。
訓練用の教材のアップデートや訓練内容の改善などは、SED筑波事業所内で実施しています。
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イ |
教材のアップデートもされるのですね!ISSのシステム開発は20年前に終わっていたと聞いていたので教材は、既に完成していると思っていました。
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東 |
そうですね、一つ一つの機器についての起動方法は、その機器が開発された段階で考えられていますが、それがたくさん集まって、巨大なシステムになったときには起動の仕方にも、ものすごいバリエーションができるので、その中から、最適な起動方法や設定を考えるのが大事な作業なのです。
また、複数の企業がそれぞれの担当の機器を作っているので、それぞれ個別機器のマニュアルがあっても、書き方も様々ですし、それだけではシステム全体を使えるような手順にはなってはいないのです。
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叶 |
それに、開発が終わったのは何年も前だとしても、実際に完成した「きぼう」全てのモジュールがつくばに集結して、全システムを統合して試験が出来た期間というのは、本当に短かったのです。さらに、「きぼう」もISSの一部ですから、起動も他国のモジュールとの連携なくしては出来ないので、NASA等を巻き込んだ最終手順開発、合同シミュレーションが本格化したのは、本当にここ数年のことで、打上直前までかかりました。
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イ |
一回の訓練時間ってどれくらいなのですか?
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叶 |
短いものは45分くらいで長いものは半日と様々です。
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イ |
なるほど〜では次に東海林さんお願いします。
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東 |
管制官は24時間365日を3シフト制で勤務しています。ただし、シフト時間は米国NASAのシフトに合わしているため、勤務開始が日本時間の夜中から開始するスタートする勤務もあります。
通信/電力/熱/環境/計画管理などの担当(ポジション)が分かれています。各ポジションは一人ないし二人で受け持っていますが、全ポジションが協調して総勢10名程度で、ひとつのチーム(シフト)を構成しています。このチームが全部で6チームほどあり、交代で休日も取りながら24時間365日の勤務をこなしています。
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管制官には普通の勤務のように、毎日決まった時間にまとまった休憩(お昼休みなど)はありません。ISSと地上は通信衛星を介して交信を行っているのですが、地球を一周する間フルに交信が行えるわけではないので、5分〜10分ほど地上との連絡が取れなくなる時間があります。その短い間をフル活用して休憩します。とは言っても、数分ではトイレに行って帰ってきたらほとんどおしまいですけれどね・・・ですから、食事も管制室の中で、合間をぬっての「ながら作業」の状況です。 |
イ |
常に運用しなきゃいけないってことだとみんなで飲み会を行ったりできないのではないですか?
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叶東 |
やっぱりできないです。(笑)なので、きぼうの第一便の打ち上げがある直前にこれから頑張るぞってことで一席も設けられました。それ以後は全体で行ったというのはないですね。
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イ |
そうなんですか〜
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イ |
日本の管制官の歴史ってまだ始まったばかりだと思うのですが、始めたころはどの様な感じだったのでしょう?
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東 |
それはグッドクエッションですね(笑) いろいろ苦労しました。
NASAの管制官をお手本にしましたが、逐一NASAに聞くわけにはいかなかったので、手探りで進んできました。JEMの運用のためには管制官だけでなく、同時にインストラクターも、教材も、そしてなにより宇宙ステーションそのものの開発や試験も進めなくてはいけなかったので、大変でした。また、全てを平行して進められるわけではないので、時間もかかりました。
運用管制要員の養成の仕方は、いろいろと議論されたのですが、日本にはまだ確固たる「先生役」がいない状況でしたから、まずは自分達自身でなんとか知識やスキルを獲得することが必要でした。そのためには、運用開始後にいずれ必要となる自分達の道具、具体的には、操作のための手順書や、連携作業のためのルール作りの作業を通していろいろな知識を吸収しました。その中では、開発メーカーや、NASAの運用管制要員と技術交流をすることも大きな糧となりました。その結果が反映されて徐々に訓練カリキュラムや教材も拡充されてきました。つまり運用管制要員養成のシステム(先生や教材)を完成させてから、養成を始めるのではなく、養成のシステムも運用管制要員の卵も一緒に成長していく道が採られました。
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イ |
JEMの打ち上げが当初の予定より遅れてしまったり、EUなどの国の設備などは打ち上げが中止になっていたりしています。そうしたことを現場の人はどう受け止めていますか?不具合とか発生したりするのですか?
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叶 |
日本では大きなシステムの変更もなく、打ち上げも全て実施できることになっているので今のところは、大変だったところは特にありません。私自身は当時知識を覚えることでいっぱいいっぱいだったので、むしろスケジュールに余裕ができてくれて助かりました。何が大変って、インストラクターは海外の人にも教えなきゃいけないわけです。基本言語は英語になっているので、そのスキルアップに苦労しました。
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林 |
会社としては打ち上げまでの期間が延びると1年あたりの予算が少なくなる傾向があったので採算的につらかったかもしれません。でも、現場レベルでは特に感じていないかもしれませんね。
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叶 |
延びた分、しっかり準備ができたのでいいこともありました。JEMの初期起動はとてもスムーズ実施できたので、ほかの国やNASAから驚かれました。初期起動がすごく手間取った国もありましたから。
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イ |
やっぱり英語の資格とかを取らないといけないのですか?
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叶 |
一応インストラクターになる上で、条件が付いています。ただし、TOEICのスコアが高いからと言って話せるというわけではないです。(注:叶さんは入社後TOEIC800点を獲得されています)
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イ |
現場のメンバーがISSの打ち上げが遅れてしまい、年をとってしまったという問題はありましたか?
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東 |
それはありました。やはり、年齢と共に職層も上がって、現場を離れマネージメントの方に移ったメンバーもいます。
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イ |
入社から今までどんなお仕事をされていましたか?
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叶 |
私は入社当初からインストラクターでした。それまで日本にインストラクターという前例がなかったので、JAXAが“インストラクター養成計画”を立ち上げたときからでしたから本当にゼロから始めたわけです。
私自身、“どんな素晴らしい人、またどのようなスキルを持った人が宇宙に行くのかに興味を持っていたので、インストラクターの仕事に志願しました。
入社1年目は、何をやるのか全然イメージがなくて、JAXAの人がインストラクターになって、その補助をやるのかな?と思っていました。
そう思いながら、まずはじめはインストラクターの養成計画を立てるとこから始めました。インストラクターになる人はこういう能力が必要だからこういった教育をしなければならないだろう・・・という感じです。計画を作る際は、NASAのインストラクターのトレーニングコースがあったので、それを参考にしました。
まさか自分がフロントランナーとして、その教育を受けることになるとは思いませんでした(笑)「これくらい英語喋れないとできないでしょー」と、ちょっと高めのレベルに設定したのを後悔しましたね(笑)
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東 |
私は、入社直後から今のISS運用管制関係のことをしていました。但し、入社直後の駆け出しでは、まぁ仕事とは言っても勉強させていただいたと言った方が良いでしょうが・・・当時はまだ「きぼう」も開発半ばで、運用管制つまり「出来上がったものを使う」という観点での作業は始まったばかり。先ずは、「きぼう」やISSがどの様なものなのか、機能・性能面を足がかりに情報を拡充していました。
半年後、衛星の運用の部門に移りました。担当した衛星は技術試験衛星ETS−Z(おりひめ・ひこぼし)です(WIKI)。衛星/ISSの違いはありますが、運用管制の現場を体験するという点において非常に大きな経験となりました。打ち上げが終わり、ミッション運用が本格化した頃から、衛星寿命を全うする最後の運用まで付き合っていました。
ETS-VIIの運用終了と共に、再びISSの運用管制部隊に戻ることになりましたが、ちょうどそのタイミングから5年間、JAXA(当時はまだNASDA)に出向して、JAXAの人間として、運用管制の準備作業を行いました。
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イ |
出向ってなんで行われるのですか?宇宙業界って出向が多いイメージがあります。
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林 |
出向(*給料はSEDからもらいながら、JAXAの組織の中でJAXAの一員として働くこと)っていうと、“リストラ?”というイメージがあって聞こえが良くないですが、宇宙業界では一般的なことです。
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叶 |
JAXAって衛星からロケットまでいろいろやっているので、さぞかし大きい組織だと考えていらっしゃるかもしれませんが、実際は1000人ぐらいしかいないのです。だから忙しい時期は全部を自分で賄うことはできない。それにJAXAは国の組織として定員も決まっているので、忙しいからといって人を急に増やしたりできません。ですので、本来の在籍要員(プロパー)を増やさずに、一時的に現場の実要員は増やす「出向」という仕組みが使われるのです。
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林 |
宇宙業界では出向はポジティブに捉えてもらうべきものです。(笑) 実際、SEDだけじゃないと思いますが、SEDではキャリアパスの一つと考えているぐらい一般的なことです。出向すると、JAXA職員だけではなく、いろいろな会社の人とコネクションができることや、民間企業では経験することが出来ない、国(JAXA)としての業務推進を経験することは、大変重要なのです。
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イ |
JAXAから企業への出向はあるのですか?
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林 |
ほとんどないとおもいます。
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イ |
就職活動についてなにか思うところは?
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叶 |
就職活動の経験については、私はちょっと特殊かもしれませんが・・・私は筑波大学のドクターコースに当初所属していました。いろいろ思うところあって、マスター終わった次の年に、就職活動をしました。普通より1年遅れているわけです。でもその分、修士の時代に就職活動に惑わされないで、勉強できたのでよかったですね。最近の皆さんは就職の活動時期が早くなってしまっているので勉強する時間が減っていると思います。だからこそ勉強が大切なのかなぁと。
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林 |
今と昔は違うかもね。僕が学生のころは正月以外ずっと研究というぐらい、研究が大変で就職活動は、せいぜい2か月かな。その頑張った研究の内容で特に何が残ったってわけではないけど、頭の使い方とかあの時にしかできないことをやったってことは価値があったと思う。今の人は、就活に追われて落ち着いて研究ができないから、ちょっとかわいそうだと思います。
極端な話、勉強の量でいったら、今の修士が昔の学部って言われるぐらいですから。
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東 |
私自身卒業年度の4月から就職活動初めて2〜3社受けて決めました。私は航空宇宙関係の学部だったのですが、航空宇宙って、よくも悪くも浅く広くなので学部時代の研究だけでは、これをやってきたと言えるだけの専門性は十分ではなく、院での研究を経て初めて自信を持って就活に臨みました。
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林 |
二人とも修士だけど、SEDとしては修士の方だけが、欲しいってわけじゃないからね。
むしろ学校で過ごす2年と、SEDで過ごす2年、どっちが濃いかって言ったら、普通、明らかに我々だからね。
最近、沢山の学生から聞かれることですが、決して学部卒が悪いってわけではありません。”院に行かなきゃだめだ!”と脅迫的には考えないで欲しい。でも、勉強をやれる時にやることも大切なので、やりたいことがあるなら院に行くのはいいことだと思います。
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イ |
私(能美)は社会人になってからドクターを取ってみたいと思っているのですが、どうでしょうか?
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林 |
ドクターを目指すのであれば、うちよりメーカーかもしれませんね。SEDでも、社会人ドクターで、ドクターを取った人、現在、ドクター取得を目指している人はいますが、金銭的に補助をする等の特別な支援は行っていません。
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東 |
仕事を行いながらというのは、よっぽど仕事内容と研究内容がかぶっていないと厳しいと思います。片手間にできるほど仕事も研究も甘くないですから。
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林 |
考えなくてはならないときは、数年先だと思いますので、それまでに決めればよいと思いますよ。
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イ |
ありがとうございます、考えてみます。今日はお忙しい中ありがとうございました。
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